はじめに

日本では高齢化の進展に伴い、介護人材不足や介護離職、独居高齢者の増加が大きな社会課題となっています。厚生労働省は2025年には約243万人、2040年には約272万人の介護職員が必要になると推計しており、今後も介護現場の負担はさらに大きくなることが予想されています。

こうした背景から「介護DX」が注目されていますが、現在普及している多くの介護DXは、転倒検知や離床検知、ナースコールなど、「異変が起きた後」に対応する仕組みが中心です。

しかし実際の介護現場では、多くの病気や事故は突然発生するわけではありません。

「最近あまり歩かなくなった」
「夜中に何度も目が覚めている」
「食欲が少し落ちている」
「血圧が以前より不安定になってきた」

こうした小さな変化が数日から数週間続き、その先に肺炎や転倒、脱水、心不全などの重症化が起こるケースは少なくありません。

つまり、本当に必要なのは「異変を検知するDX」ではなく、「異変になる前の変化を継続的に把握するDX」です。

現在、予防型の技術はすでに実用化あるいは実証段階まで進んでいます。本記事では、「未病」「医療レベルの非拘束センシング」「空間センシング」という3つの技術を組み合わせた予防型介護DXという新しい考え方を紹介します。介護人材不足が深刻化する中、人の経験や勘だけに頼らず、小さな変化をデータで補完する仕組みが、これからの介護現場を支える重要な技術になりつつあります。

なぜ今の介護DXは「見守り」だけでは足りないのか

介護施設や在宅介護では、利用者の異変に最初に気付くのは医師ではありません。毎日接している介護職員やご家族です。

例えば、「今日は会話が少ない」「歩く速度が少し遅い」「昨夜は何度も目を覚ましていた」といった変化は、介護職員だからこそ気付ける情報です。しかし、それらは経験や勘に依存していることが多く、医療機関へ客観的な情報として伝えることは容易ではありません。

特に夜間は状況が異なります。

夜勤では一人の介護職員が複数の利用者を担当することも珍しくなく、すべての居室を常時巡回することは現実的ではありません。在宅介護でも、ヘルパーが訪問していない時間帯は高齢者が一人で生活しています。

仮に夜中の2時頃から呼吸状態が少しずつ悪化していても、次の巡回や訪問まで誰も気付かない可能性があります。

現在普及している見守りシステムは、転倒や離床など特定のイベントを検知するものが多く、「変化の蓄積」を捉えることは得意ではありません。また、人感センサー、開閉センサー、マットセンサーなど複数のセンサーを設置する必要があり、導入コストや維持管理も課題となっています。

さらに近年は「老老介護」も増加しています。

介護する側も高齢者であるため、介護者自身の体調悪化が介護崩壊につながるケースもあります。これからの介護DXでは、「介護を受ける人」だけではなく、「介護を支える人」の健康まで含めて考える必要があります。人手不足が進む介護現場では、一人の介護職員がより多くの利用者を支えることが求められており、人を増やすことだけではなく、テクノロジーによって介護業務を支援することが重要になっています。

「病気になってから治療する」から「未病で支える介護DX」へ

近年、医療では「治療」から「予防」への転換が進んでいます。その代表的な考え方が神奈川県が推進する「未病」です。

未病とは、健康と病気を二つに分けるのではなく、その間にある連続的な状態を捉え、病気になる前に生活改善や医療介入を行うという考え方です。

介護現場でも、この考え方は非常に有効です。

高齢者の多くは毎日血圧を測定しています。しかし、その測定結果は手帳へ記録するだけ、あるいは一度確認して終わるケースが少なくありません。

一方、血圧は単なる一つの数値ではありません。長期間継続して記録することで、自律神経の変化、生活リズムの乱れ、ストレス、体調変化など、さまざまな情報が含まれています。

当社でも、血圧や脈拍データを継続的に解析し、未病傾向やストレス状態などを可視化する技術を実用化しています。さらにクラウド上で管理することで、本人だけでなく、介護施設や家族も日々の健康変化を共有できるようになりました。

例えば、これまで毎朝安定していた血圧が数日間にわたり変動を繰り返している場合、睡眠不足や脱水、感染症の初期兆候である可能性も考えられます。

もちろん血圧だけで病気を診断することはできません。しかし、「普段と違う」という変化を客観的に把握し、医療機関への相談や生活改善につなげるきっかけにはなります。

当社では、このような日常の血圧・脈拍データを継続的に活用する仕組みを、予防型介護DXの第一歩として提案しています。こうした予防型介護DXは、利用者の健康維持だけでなく、異変への対応件数を減らし、介護職員の負担軽減にもつながる可能性があります。

重介護では医療レベルの非拘束センシングが現実になっている

寝たきり高齢者や医療依存度の高い利用者では、健康状態をより高い精度で継続的に把握する必要があります。

従来の医療では、心電図電極や呼吸センサーなどを身体へ装着して計測する方法が一般的でした。しかし長期間装着することは利用者の負担となり、介護現場では現実的とは言えません。

そこで研究が進められてきたのが、空気動圧を利用した非拘束センシングです。

この技術では、ベッド下などに設置した高感度空気動圧センサーが、呼吸や体動に伴って発生するごく微小な空気圧変化を検出します。人は呼吸をするたびに胸郭がわずかに動き、その動きが寝具や空気を介して極めて小さな圧力変化として現れます。センサーはこの変化を連続的に取得し、呼吸数や体動、離床、睡眠状態などを解析します。利用者は機器を身に着ける必要がなく、自然な睡眠や生活を妨げません。この方式は無拘束で長時間の生体情報を取得できるセンシング技術として整理されています。

この技術は介護用途にとどまらず、コロナ禍では日本光電株式会社との共同開発により、AMED事業の一環として遠隔呼吸モニタリングシステムへ応用され、順天堂大学などの医療機関で実証実験が行われました。感染区域へ頻繁に立ち入ることなく患者の呼吸状態を継続的に把握できる仕組みとして活用され、非拘束センシングが医療現場でも有効であることが示されました。

介護施設では、このような技術により夜間の呼吸異常、体動の減少、長時間の無呼吸、離床などをリアルタイムで把握できるようになりつつあります。

これまで介護職員が巡回で確認していた情報を、客観的なデータとして補完できることが、医療レベルのセンシング技術が介護DXへ応用される大きな意味といえるでしょう。

独居・軽介護では「空間全体」を見守る時代へ

一方で、独居高齢者や比較的自立した生活を送る高齢者では、24時間の呼吸モニタリングまでは必要ありません。

重要なのは、「普段どおり生活しているか」を把握することです。

例えば、毎日午前7時頃には起床して台所へ行く人が、昼になってもまったく生活活動が検知されない場合、それは急病や転倒の可能性を示すサインかもしれません。

現在の見守りシステムでは、人感センサーやドアセンサーなど複数のセンサーを部屋ごとに設置する方法が一般的です。しかし、設置場所が限定されることや、住宅全体を見守るには多数のセンサーが必要になることが課題でした。

そこで当社が研究が進めているのが、Infrasonic(超低周波空気動圧)センシングです。

この技術は、当社が長年研究してきた生体センシング用の空気動圧解析技術を室内空間へ応用したものです。人が歩く、椅子へ座る、ドアを開閉するなどの日常動作では、室内に非常に微小な空気動圧変化が発生します。この空気動圧変化を高感度センサーで取得し、生活イベントとの関連を評価する初期実験が紹介されています。

興味深い点は、この技術が「音」を聞いているのではなく、「空気圧の変化」を測定していることです。一般的なマイクが可聴音を対象とするのに対し、Infrasonicセンシングでは、人が意識しないほど低い周波数帯の空気動圧変化を対象としています。そのため、カメラのように映像を取得することもなく、プライバシーに配慮しながら生活活動を把握できる可能性があります。

もちろん、建物構造や空調設備、風圧など環境条件の影響を受けるため、すべての生活イベントを正確に識別できる段階ではありません。実際に、適用範囲や信号処理、ノイズ除去などが今後の技術課題として挙げられています。

しかし、当社では、生体センシングで蓄積した解析技術を空間センシングへ発展させ、「一部屋に一台のセンサーで生活全体を見守る」という新しい介護DXの実現を目指しています。複数のセンサーを設置する従来方式と比べて、導入・運用の負担を抑えながら見守りを実現できる可能性があり、人手不足が進む介護現場を支える新しい選択肢として期待されています。

2027年、介護DXは「組み合わせる時代」へ

これまでの介護DXは、一つの課題を一つのセンサーで解決する考え方が中心でした。しかし、高齢者の生活環境や介護度は一人ひとり異なり、必要となる支援も大きく異なります。

比較的元気な高齢者には、日々の血圧や健康状態を継続的に把握する「未病管理」が有効です。重介護の利用者には、呼吸や体動を24時間見守る医療レベルの非拘束センシングが求められます。そして、独居高齢者やサービス付き高齢者住宅では、生活活動そのものを見守る空間センシングが有効になります。

つまり、これからの介護DXは、一つの技術ですべてを解決するのではなく、複数のセンシング技術を組み合わせる「ハイブリッド見守り」の時代へ進みつつあります。

この考え方は、利用者の重症化予防だけでなく、介護職員の巡回負担や確認業務の効率化、介護を支える家族の安心にもつながります。人手不足が避けられないこれからの社会では、テクノロジーが人に代わるのではなく、人の気づきを補完し、より少ない負担で質の高い介護を実現することが重要になります。

2026年現在、未病管理、医療レベルの非拘束センシング、空間センシングは、それぞれ実用化あるいは実証段階まで進んでいます。これらを組み合わせた予防型介護DXは、介護人材不足という社会課題に対する新しいアプローチとして、2027年以降、さらに期待される分野といえるでしょう。

関連URL

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※五行ドクターはセルフケア支援を目的としたアプリであり、医療機器ではありません。診断や治療が必要な場合は医師に相談してください。

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空間センサー-Infrasonicセンシングとは何か?